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21世紀の情報技術

こんにちは。
営業部の堀内です。

今回は、IT企業の一社員として、今更という感じがしますが“情報技術”について論じてみたいと思います。
“情報技術”は、コンピュータ関連の技術の総称として用いられる用語ですが、実はその意味の範囲は極めて曖昧です。
いつもの通り、持論を展開していきます。長文ですがご容赦くださいませ。

まずは、“情報”から触れていきます。
“情報”とは、「あるものごとの内容や事情についての知らせ」(Wikipediaより)を指します。大体イメージと一致するところだと思います。
その“技術”となると、マスメディアの発達、情報の収集や変換を行うための“技術”という捉え方が一般的かと思います。
“技術”の進歩により、“情報”の量と伝達速度が急速に向上しました。現代は情報化社会などと呼ばれています。

この分野が発達したということは、情報には非常に高い価値があったということになります。
ではそもそも情報は何のために必要とされているのでしょうか。

結論から先に書きますが、「今後の最良の行動は何かを判断するため」です。
詰まるところ、これ以外に情報の価値はほぼないと思います。

情報は基本的に、現在起こっている事実か、過去に起こった事実か、どちらかです。
天気予報は未来の情報のような気がしますが、あくまで予報であるため、少なくとも事実ではありません。
今自分が見聞しているのであれば現在、新聞は遅かれ早かれ過去、TVのニュースは現在だったり過去だったりします。
それを知ることで、例えば、
「天気予報を聞いて、雨が降りそうだったから、傘を持つ」
「選挙の投票日を知って、その日は予定が入っているから、期日前投票に行く」
「大雨警報が出て、実際に周囲の水嵩が上がってきたので、非難する」
などということになります。全てにおいて、情報が今後の行動を決める理由になっています。
自分に無関係な情報については置いておくとして、自分に関係がある情報を知ったとしても、何も行動しない場合もあると思います。
それは「今は何もしない」ということを、何らかの理由があって決めていることになります。

情報から今後の行動を決めるために必要となるものは、“判断力”です。
“判断力”とは、大まかに以下の2つの要素によって成り立っています。

1つ目は、経験や理論などの裏打ちがある“知識”です。
これは、各人の頭の中にある、行動と結果の相関関係が書かれた辞書の様なものです。
人が何か行動を起こすときは、求める結果を出すためのベストな行動を、どのような結果を出したいのかという“条件”を元に、知識の中から選択(検索)しています。
知識が少なければ選択できる行動が限られてくるため、自分は最良だと思う行動でも、他者から見ると最良とは評価されない場面が多くなります。子供を例に挙げるとわかりやすいかと思います。
最近は知識のように見える情報も多いですが、情報は経験に裏打ちされておらず、真偽も定かではない場合が多く、鵜呑みにして行動の判断材料にするのは危険です。

2つ目は、自分がどのような未来を望んでいるのか、何を成したいのかという、所謂“目標”です。大小は問いません。
これがなければ、何をもって“良い結果”とするのかがわからないため、行動を決めることができません。先述の“条件”にあたるものです。
実はこれが非常に重要で、欠けている現代人が多く見られるように思えます。(前回の記事「君は何を志しますか?」に通じます)
具体的には、例えば「会計はなぜ必要でその目的は何なのか」を抑えているかなどということです。
これは、「帳簿の作成が法的に義務付けられているため」と「自社の経営状況を把握するため」という2つがメインなのですが、ただ簿記と業務のルールに従って伝票を起こすだけなのか、目標を把握した上で先に集計数字の確認や予実管理などをしておくのとでは、仕事の質が全く異なります。
また、「周囲の人が良いと言っているからそれを目指す」という目標を持ってしまうケースもよくあります。
試験勉強や就職活動、デモ活動などに、全てではないにしてもよく見られるような気がします。
このような場合、行動に真剣さが足りないことが多いです。目標が受動的であれば自ずと行動も受動的になってしまうということは自明の理です。

情報量が急激に増えた影響で、“情報”と“知識”及び“目標”が混同してしまう。
情報化社会の一番の弊害は実はこの点にあるのではないかと思います。

さて、“判断力”によって行動を決めた後は、その行動を実行に移さなければ意味がありません。
これを“実行力”と呼ぶことにします。
情報を得て、行動を決めて、実行する。この一連の流れが真の“情報技術”であると私は考えています。

“判断力”が弱いと、この“実行力”にも影響が出ます。
判断に自信がないため、実行に踏み切れないのです。仮に実行したとしても結果が伴わず、行動理由を問うとすぐにボロが出てきます。
実行力を高めるには判断力を高める必要があり、判断力を高めるには知識の吸収と目標の設定が必要になるということは前述の通りで、そのための一番効率の良い方法は、“とにかく実行してみること”です。
実行すると、新たな情報が生み出され、経験値としての知識が身に付き、必要があれば目標の修正を行うことができます。実行しなければ何も生まれてきません。つまり、自信が無くても実行しないよりは実行した方が、長期的に見れば良い結果に繋がるということになります。

実行力には“責任”も大きく関わってくるように思えますが、それは違います。
ここからは少し余談になりますが・・・
「責任を負いたくないから何もしない」というのはよく聞く話ですが、何もしないことによって義務を全うすることはできません。
個人も法人も、詰まるところ結果を出すという義務があり、その義務を果たすからこそ、それに応じて金銭を得るなどの権利を獲得することができます。
責任を負わなければ義務を果たすことができず、それと同時に権利を主張できなくなります。権利を得ると相応の義務が発生し、義務を遂行すると相応の責任を負わされます。
何が言いたいのかというと、「責任を負いたくないから何もしない」というのは、実は的外れな話なのです。
責任を負いたくないと思うのであれば、積極的に権利を放棄して義務から解放されることを優先すべきであって、「何もしない」というのは「責任を負いたくない」ということに対する直接的な行動理由になり得ないからです。責任を気にしている時点で、過度な権利を持ってしまっているということに気付くべきです。
権利を持っているのに相応の義務を果たそうと努力しないというのは、考えようによっては詐欺のようなもので、義理・道徳心が欠けていると言っても過言ではありません。
現在自分が持っている権利に相応する義務及び責任を全うするということを前提として、前述の“判断力”を行使するのであれば、少なくとも実行の段階で責任を気にするということは起こり得ないのです。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」というのは孫子の言葉ですが、古来から情報は重要な役割を担っていました。
そして情報を得るには相当な時間と労力がかかるため、非常に価値が高いものでした。
しかし昨今、情報の量と伝達速度が急激に向上し、その価値は暴落しています。相対的に判断力及び実行力の価値が高まってきていると思います。

マスメディアの発達などに必要な“情報技術”が求められる時代は終焉を迎え、情報獲得から実行までの速度と的確さを指す“情報技術”が求められる時代になってきている。
私はそう確信しています。
ここでやっとタイトルの「21世紀の情報技術」に辿り着きました。ピケティさん、真似して申し訳ございません。

私も時代に遅れることなく、経営分析、業務改善、コスト削減など、その実行に至るまでのアシストができるよう、当社の長年の経験に裏付けられた知識を活用し、積極的に営業活動を行っていきたいと思います。

皆様、今後ともよろしくお願い致します。
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