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新しい道徳

こんばんは。営業部の堀内です。
今年最初のブログも懲りずに長文です。

今回のテーマは「道徳」です。
昨年末頃に、北野武さんが書かれた「新しい道徳」という著書を読んで、色々と考えさせられたところがあり、まとめてみました。
若干引用部分がありますが、大半は自論です。ご容赦ください。

まず、「道徳」とは何でしょうか。
wikipediaで調べると、「人間が無意識の内に世の中に存在するものと認識している正邪・善悪の規範」だそうです。
「社会道徳」という言葉もあり、これは「社会や共同体において、その構成員の大多数によって共有される道徳観に基づき、より健全で快適な共同生活を送る為に守るべき、又は行うべきと考えられている規範、行動の指針のこと」だそうです。

では具体的にはどのようなものなのでしょうか。
学校教育の道徳の教材に載っているものは、お年寄りには席を譲ろう、という類のことで、そうすることは気持ちが良くなるものだから積極的にやりましょう、ということのようです。
この点について、北野武さんは「では私は人をいじめることが気持ち良いと感じるので積極的にいじめをします」という子供がいたらどう答えるのだろう、という屁理屈のようで核心を突いている話を書いていたのが面白く、印象的でした。

よくある質問で、「なぜ人を殺してはいけないのか」というものがあります。
未だに絶対的な正解が存在していない質問だと思うのですが、私の回答は「自分を含む誰のメリットにもならないから」です。
仮に「人を殺してもよい」ということが社会通念上まかり通るのであれば、いつか自分が殺されてしまう可能性も上がるわけで、自殺志願者でもない限りは良い未来になりません。
お笑い芸人の東野幸治さんが、「そら人類が絶滅するからやろ」という回答をしたそうですが、それと似ています。
「道徳に反するから」という回答を良く聞きますが、それで納得できてしまうような人は真剣に疑問を持っていません。質問者は基本的に道徳を理解していないからこのような質問が出るわけで、法的に禁じられている理由の中から一番わかりやすいものを回答せざるを得ないわけです。
ただ、このような話をしなければならないというのは、非常に面倒で残念なことです。
頭の体操やディベートの練習をするには好材料だと思いますが、道徳教育というのはこのような質問がそもそも最初から出ないようにすることが一つの目的なのではないかと思います。
つまり、理屈ではなく、経験と想像力によって道徳性を身に付けよう、ということです。

物事の善悪を理解することは、さほど難しいことではありません。
悪いことをした子供がその事実を隠そうとするというのはよくある話ですが、それは「悪いことをした」と自覚しているからです。
もし理解していなかったとしても、理解させるには理屈を説明するぐらいしか方法がありません。他にあまり手段がなく、これもさほど難しいことではありません。

真の問題は、そうとわかっていながら悪いことをしてしまったり、良いこととわかっていながらそれをしなかったり、または先にそれに気が付かないということです。
そのようなことが起こる原因は何かというと、私は「経験と想像力の欠如」なのではないかと思っています。

では、経験と想像力を身に付けさせる効果的な道徳教育とは何なのか。
悪いことをした場合はそれを指摘するのは当然として、一番なのは良いことをされた場合に「ありがとう」という気持ちをしっかり伝えることなのではないかと思います。
他人が感謝されている、もしくは嫌われている場面を見る回数を重ねるのも効果があると思います。

人から感謝された経験が多い人は、大抵の場合は良い人です。
良いことをしているから感謝されることが多いわけで、当然と言えば当然です。
では、良いことをしたのに感謝されないという経験を多く積んだ人は、どうなっていくでしょう。
大抵の場合、良いことをしなくなります。これも当たり前の話だと思います。

とても単純な話なのですが、素直に「ありがとう」を言えない人は結構多い気がします。
それは「ありがとう」と言う側に直接的なメリットがあまり無いということと、相手に感謝を伝えよう、喜んでもらおう、という気持ちが足りないからなのではないかと思います。
これは、以前私が書いたブログ(利己主義と利他主義は両立するのか?)に近い話になります。
要約すると、「相手に喜んでもらうことで自分も嬉しくなる」
それを“愛”と呼ぶ。
そう考えると、やはり「子供に愛情を注いで育てる」ということがかなり重要なのではないかということが理解できてきます。
やはり道徳教育はまず家庭から始まるのではないでしょうか。

他にも学校、職場、近所、街中など、人と接する様々な場面において、上記の“愛”が欠如してしまうことで、徐々に確実に道徳性が失われ、人が社会が不幸になっていく。そんな気がします。
しかし、教育上はどちらかというと物事の善悪を教えることを重視しており、感謝の気持ちをしっかり伝えるということにはあまり着目されていません。感謝の気持ちが伝われば、物事の善悪などは自然とわかるものではないかと思います。
私も「ありがとうを忘れずに言え」と真剣に教えられたのは、社会人になってからでした。良い上司に巡り会えて本当に良かったと思っています。

人類の歴史は長いですが、日本の教育の歴史は非常に浅いです。
「道徳」など尚のことで、戦時中の洗脳に近い教育は論外だったとすると、戦後から今に至るまでは100年も経過していません。
戦争が無くなり、「平和」「共存」が普通になった今の日本で、正しい道徳とその教育方法の有り方とは一体何なのか。
未だに解明されていないと思います。

教えられていることが全てと思うのではなく、自分なりに新しい正しい考え方を確立する。
いずれは世論が変わり、道徳の教育方法が改善されていく。
最終的には自分の為にもなっていく。
遠巻きながらでもそれを目指すのが、今を生きる大人の社会的責任ではないでしょうか。



まずは家庭や職場など、身近なところから見方を変えてみては如何かなと思います。

ありがとうございました。
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